🌿はじめまして、こんにちは。
「愛され人の教科書」を運営している NAON です。
今日は、なぜ私がこのブログを始めたのか、そしてここに込めた想いを少しお話ししたいと思います。
1. 私の原点:人間関係に悩んだ日々
大人になれば、みんな「素晴らしい大人」になる。
社会に出る前までの私は、正直、そう信じていました。
今思えば、単なる世間知らずの理想論に過ぎなかったのだと思います。
人の気持ちを考えて行動するのは、当たり前のこと。
だから社会に出れば、それが自然にできる人ばかりだと信じていたのです。
ところが実際に社会人になってみると――
その「当たり前」が、まったく当たり前ではない現実に直面しました。
驚きと戸惑い
年齢や性別、そして上司や先輩後輩などの立場に関係なく…
――人を傷つける言葉を平気で口にする人がいる。
――態度で相手を見下すように振る舞う人がいる。
――「自分の方が上だ」とばかりに、上からものを言う人がいる。
――自分の気分をそのまま相手にぶつける人もいる。
そうした場面に出会うたび、私は心底驚きました。
「どうしてこんな言葉が言えるの?」
「どうしてそんな態度がとれるの?」
信じていた「大人=人の気持ちがわかる存在」という前提が、次々に崩れていったのです。
でもそれは、信じていた“理想の大人”が少ないという事実にとどまりませんでした。
そうした言葉を何度も耳にするうちに、私は少しずつ心をすり減らしていったのです。
最初のうちは「気にしすぎかな」「自分が弱いだけだ」と思っていました。
けれど気づけば、やる気も気力もどんどん削がれていったのです。
言葉は時に、目に見えない“刃”になります。
一度で深く傷つけることもあれば、何気ない言葉の積み重ねが、心の奥を少しずつ削っていくこともある。
そしてある日、ふと気づきました。
――私、笑ってはいるけど、心は空っぽだ。
表面だけ取り繕って、内側は何も感じないようになっていた自分がいたのです。
最初は、そんな自分に気づきもしませんでした。
「傷つける言葉を言う人がいても、自分が気にしなければいい」
「他の人が言われていても、こういう職場だから仕方ない」
「自分が言われているわけじゃないから関係ない」
――そう思うことで、自分を守っていたのかもしれません。
でも、そうやって“聞き流しているつもり”でも、心は確実にすり減っていったのです。
本当に空っぽの自分に気づいたとき
ある日、何を見ても、何を聞いても、本当に心が動かない自分に気づきました。
私はもともと感受性が豊かで、
先生からも「心のあたたかい子」と言われるようなタイプだったと思います。
それなのに、今は何も感じない。
悲しいことも、嬉しいことも、ただ「そうなんだ」としか思えない。
歳を重ねると、感情が鈍くなるのは当たり前なのかな?
――でも、本当にそれでいいのだろうか。

もう一度、“感じる心”を取り戻したくて
心が空っぽになっている自分に気づいたとき、
「このままじゃいけない」と思いました。
笑っているのに、何も感じない。
そんなふうにこれから私は生きていくんだろうか…?
いや、それはいけない、そんなわけない。自分をこのまま放っておいいてはいけない。
そう思いました。
もう一度、人の言葉に心を動かされたい。
もう一度、人と関わることであたたかい気持ちを取り戻したい。
そう思い、少しずつ、自分の心と向き合うようになりました。
それから私は、「人間関係って何だろう?」と真剣に考えるようになりました。
どうして人は傷つけ合ってしまうのか。
どうすればお互いを尊重し合えるのか。
心理学や自己啓発、モチベーション、コミュニケーションの勉強など重い体を引きづりながら勉強しました。
そうして気づいたのです。
人間関係の根っこにあるのは、“人とどう関わるか”という力だということを。
2. 気づいたこと:本当に大切なのは“人間力✖️コミュニケーション力”
社会に出て強く感じたのは、仕事の成果や人からの評価を決めるのは「学歴」や「知識」「技術」だけではない、ということでした。
学歴や能力があっても、仕事ができない人
実際に、学歴もあり知識も豊富で「頭のいい人」と言われる人はいます。
でもそういう人が必ずしも仕事のできる人ではないのです。
そういう人が会社の中にはゴロゴロといるのです。
そしてそういう人の特徴の一つに、人とのコミュニケーションがうまく取れないということがよくあるのです。
一緒に働く人の気持ちを理解できず、協力も得られない。
結果として「優秀なのに仕事ができない人」になってしまうのです。
学歴がなくても、信頼を得て活躍する人
一方で、特別な学歴や資格はないけれど、
その人柄や誠実さで周囲の信頼を得たり、
仕事をパッパッとこなす人もいます。
そういう人で人に認められた人は、
良い縁を引き寄せ、ぐんぐん成長していく人もいます。
ただなかなか待遇に恵まれず、仲間からの信頼は厚いにもかかわらず、
うまく結果に結び付けられずにいる人がいるのもまた事実です。
そんな現実を見るたびにこの世の不条理を思わずにはいられませんでした。
上司のあり方も大きく違う
もっと言えば、立場のある人においても同じことが言えます。
-
部下に信頼され、周りの能力をどんどん伸ばす上司がいる一方で、
-
「何様のつもり?」と思うような態度で人を見下し、
自分勝手に振る舞うだけの上司もいます。
上司という肩書きがあっても、人間力やコミュニケーション力がなければ、
人はついてこないのだと痛感します。
仕事を左右する“目に見えない力”
この違いを目の当たりにするたび、私は強く思いました。
――仕事の可能性を本当に左右するのは、目に見える知識や技術ではない。
――人間力とコミュニケーション力こそが、人を動かし、人生を切り開く力なのだ。
この気づきが、私を「愛され人」というテーマへと導いていったのです。
こうして私は、学歴や技術以上に大切なものがあると気づきました。
それは「人間力」と「コミュニケーション力」。
そしてこの2つが合わさったときに、人は人から信頼され、応援され、成長していける。
その姿こそ、まさに“愛される人”なのではないか――。

3. 『愛され人』という名前に込めた想い
「愛され人」と聞くと、
ただ人に好かれることや、人気者になることを想像するかもしれません。
でも、私が伝えたい「愛され人」とは、
人に合わせすぎて自分を見失うことではありません。
人に優しく、思いやりを持つこと
愛され人とは、まず 人に優しく接し、思いやりを持てる人。
相手を承認し、認めてあげられる人です。
自分自身を大切にすること
同時に、自分自身を大切にできる人でもあります。
「自己承認」ができてはじめて、他人を心から承認できる。
この順番を忘れてはいけないのだと、私は強く思っています。
承認の循環をつくる
つまり「愛され人」とは、
-
相手を認める
-
自分も認めてもらう
そんな承認の循環をつくり出せる存在です。
コミュニケーションという手段
そしてその循環を育む手段こそが、コミュニケーション。
言葉、表情、態度――そのすべてを通じて、
人はつながり、関係を深めていきます。
「愛され人」という名前には、
そうした人間関係を大切に育てていきたいという願いを込めました。
4. 未来へのビジョン
今の社会でも、「人とのつながり」や「人間力・コミュニケーションの大切さ」に気づく人は増えてきました。
けれど、知識として学ぶ機会はあっても、それを繰り返し練習し、体で実感できる場はほとんどありません。
子どもの頃から“安心して練習できる場”を
だからこそ、私は子どもたちに「安心して繰り返し練習できる場」をつくりたいと思っています。
「人に優しくできた」「気持ちが伝わった」という成功体験を積み重ね、
その実感を体に染み込ませていく。
そんな環境があれば、子どもたちは自然に人を思いやり、認め合いながら生きられるようになるでしょう。

社会を変えていく力
そして、そうして育った子どもたちが大人になり、社会の中心を担うようになったとき――
きっと社会全体が、もっと優しく、もっと温かいものへと変わっていくはずです。
『愛され人の教科書』は、その未来を実現するための第一歩だと私は考えています。
5. 最後に:あなたへ
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
私は「愛され人の教科書」を通じて、
子どもも大人も、もっと自分を大切にし、
そしてお互いを認め合いながら生きていける社会をつくりたいと願っています。
もし、あなたが人間関係に悩んでいるなら、
まずは「自分を責めること」を少しやめてみてください。
友達にかけるような優しい言葉を、自分自身にもかけてあげてください。
それが「愛され人」への第一歩になります。
このブログでは、私が学んできたことや体験をもとに、
人間力✖️コミュニケーション力を育てるためのヒントを発信していきます。
あなたと一緒に、少しずつでも成長していけたら嬉しいです。
🌿この教科書が、あなたの心を少しでも軽くし、
そして“人を想う優しさ”を思い出すきっかけになれば嬉しいです。