自分の機嫌を自分で取れる人は、なぜ好かれるのか?
〜感情のセルフマネジメントが人間関係と信頼を変える理由〜
【1】「自分の機嫌を自分で取る」とはどういうことか?
日常の中で、あなたはこんな経験をしたことがないでしょうか?
・朝から機嫌が悪そうな同僚に話しかけづらい
・小さなトラブルで不満を顔に出す人に気を遣って疲れる
・その人の“その日の気分”によって対応が変わる
こうしたケースの多くに共通するのは、「感情を他人に委ねてしまっている状態」です。
対して、「自分の機嫌を自分で取れる人」とは、どんな状況であっても自分の感情を意識的に整えられる人のこと。
心理学ではこれを「情動調整(emotion regulation)」と呼び、自己コントロール力の一種として研究されています(Gross, 1998)。
🧠 情動調整とは何か|感情を上手にコントロールする心理学的スキル
**情動調整(Emotion Regulation)**とは、
「自分の感情(怒り、悲しみ、不安、喜びなど)を自分でコントロールする力」のことです。
私たちは毎日、嬉しいことやイライラすることなど、いろんな感情を経験します。
情動調整とは、その感情に振り回されすぎず、自分や周りにとって“ちょうどいい”形で気持ちを整理・表現できるようにする力のことです。
👶 発達心理学ではどう考えられているの?
発達心理学では、情動調整の力は子どもが成長するにつれて発達していくものとされています。
- 赤ちゃんのうちは、自分の感情をまったく調整できません(泣く・怒るなどで表現するだけ)。
- だんだんと3歳ごろから、親に教わったり、真似をしたりして少しずつコントロールし始め、
- 6〜7歳くらいからは、ある程度自分で感情をコントロールできるようになるとされています。
ただし、完全に安定するのは10代後半〜大人になってからともいわれています。
💡 どうやって情動調整するの?
心理学ではいくつかの方法が知られています:
方法 | 内容の説明 |
---|---|
認知的再評価 | 出来事の意味をポジティブに捉え直す(例:ミスを「学びのチャンス」と考える) |
阻害 | 表に出す感情を意識的に我慢する(ただし無理しすぎはストレスに) |
環境調整 | イライラする状況から距離を置く(例:人混みが苦手なら休憩する) |
サポートを求める | 信頼できる人に気持ちを話して整理する |
✅ なぜ情動調整が大切なの?
- 人間関係が良くなる(感情的にぶつかりにくくなる)
- ストレスに強くなる
- 仕事のパフォーマンスが安定する
- 人からの信頼を得やすい(落ち着いていて安心感がある)
つまり、「好かれる人」や「信頼される人」には、情動調整力が高い人が多いということですね。
【2】感情コントロールは発達段階とともに育つスキル
発達心理学によれば、人間の感情コントロール力は段階的に育っていくものであり、未発達な状態の象徴が「癇癪(かんしゃく)を起こす子ども」です。
6〜7歳頃から前頭前皮質が発達し、自分の感情をある程度コントロールする機能が働き始めると言われています(Zelazo & Müller, 2002)。
しかし、大人になってもこのスキルが十分に育たないままだと、「怒りを我慢できない」「被害者意識を他人にぶつける」といった行動に繋がります。
つまり、感情のセルフマネジメント力は“精神的な成熟度”の現れでもあるのです。
🧠 感情コントロールのカギは脳にあり|前頭前皮質と情動の関係を解説
「前頭前皮質(ぜんとうぜんひしつ/Prefrontal Cortex)」は脳の前の部分にある領域で、
以下のような“人間らしい思考”や“理性的な行動”に深く関わる場所です:
- 注意を向ける
- 感情のブレーキをかける
- 他人の立場に立って考える(共感)
- 衝動を抑える
- 未来を想像して判断する
この領域は、赤ちゃんのうちは未発達で、子どもが育つにつれて徐々に機能が高まっていきます。
👧 6〜7歳ごろから始まる「感情の制御力」の発達
- 幼児期(3〜5歳)は、感情の爆発(癇癪など)が頻繁に見られます。
- 6〜7歳頃になると、前頭前皮質の神経ネットワークが発達し始めるため、
→「感情が湧いたあと、それを少しだけ“我慢する・考える”こと」ができるようになります。
たとえば:
- すぐに怒鳴ったり泣いたりせず、「今は我慢しよう」と考えたり、
- 他人の気持ちに気づいて「ここで怒るのはやめておこう」と判断できたりします。
これは、「感情を感じない」のではなく、「感じたあとにどうするかを選べるようになる」という点がポイントです。
🔁 完全な成熟は10代後半〜20代
ただし、前頭前皮質の発達は非常にゆっくりで、完全に成熟するのは25歳前後とも言われています(※参考:ローレンス・スタインバーグ教授などの研究)。
つまり、6〜7歳は「入り口」であり、大人になるにつれてより高度な感情調整力を身につけていくわけですね。
📝 参考文献とエッセイの例
- Casey, BJ, Tottenham, N., Liston, C., & Durston, S. (2005).発達中の脳の画像化:認知発達について何がわかったか? Trends in Cognitive Sciences.
- スタインバーグ、L. (2008).青年期のリスクテイクに関する社会神経科学的視点.発達レビュー.
- ダイアモンド、A.(2002)出生から若年成人までの前頭前皮質の正常な発達:認知機能、解剖学、生化学
【3】感情の安定は「信頼」と「好感」の基盤になる
カリフォルニア大学の研究(Roberts & Mroczek, 2008)では、「情緒の安定性が高い人ほど、長期的に良好な人間関係を築きやすい」という結果が報告されています。
また、「感情的に安定している人ほど、リーダーシップや協調性も高く評価される」ことがわかっています(Judge et al., 2002)。
これはビジネスシーンでも顕著で、たとえば:
- 感情に左右されずに判断できる人は「頼れる」印象を持たれやすい
- 冷静に対応できる人は「信頼」や「安定感」を感じさせる
逆に、感情が不安定な人は「扱いづらい」「言動が読めない」といった不信感を招くこともあります。
紹介のカリフォルニア大学の研究(Roberts & Mroczek, 2008)は、性格の変化とライフアウトカム(人生の成果)との関係を調べた、心理学の分野でも広く知られている研究です。
🔍 研究の正式タイトルと著者
- タイトル:Personality Trait Change in Adulthood
- 著者:ブレント・W・ロバーツ & ダニエル・K・ムロチェク
- 発表年:2008年
- 掲載誌:Current Directions in Psychological Science(心理学の学術誌)
📘 研究の概要
この研究は、大人になってからも性格は変わるのか?、そして**その変化が人生にどんな影響を与えるか?**をテーマにしています。
特に注目されたのが「情緒安定性(Emotional Stability)」、つまりストレスに対して落ち着いて対処できるかどうかという能力です。これは、ビッグファイブ性格特性のひとつ「神経症傾向(Neuroticism)」の逆の特性でもあります。
🧠 主な発見とポイント
Roberts & Mroczek の研究では、以下のようなことが明らかになりました:
✅ 情緒安定性が高い人は…
- 感情の起伏が少なく、落ち着いていて冷静
- 対人関係で衝突が少なく、長期的に安定した関係を築きやすい
- 職場でも家庭でも、信頼されやすく、成功しやすい
さらに興味深いのは:
🔄 年齢とともに情緒安定性は高まる傾向にある
- 若いころに感情的に反応しやすかった人も、年齢とともに少しずつ情緒が安定していく傾向がある
つまり、「性格は一生変わらない」という思い込みを覆す研究でもあります。
💬 結論(要約)
Roberts & Mroczek(2008)は、
「情緒の安定性(Emotional Stability)が高いことは、人間関係の質、仕事の成功、そして人生の満足度に強く影響している」
と述べています。
これはつまり、感情をうまくコントロールできる人ほど、自然と人に好かれ、人生でも多くのメリットを得やすいということですね。
📎 参考リンク(英語)
- 論文の概要(SAGE journals):
https://journals.sagepub.com/doi/10.1111/j.1467-8721.2008.00543.x
Judgeら(2002)の研究は、感情的に安定している人ほどリーダーシップや協調性が高く評価されることの研究をしています。
🔬 研究の概要と方法
この研究は、リーダーシップと性格特性との関連を調査するため、1967年から1998年までに発表された78の研究を対象にメタ分析を行いました。分析では、ビッグファイブ性格特性(神経症傾向、外向性、開放性、協調性、誠実性)を枠組みとして、リーダーシップの出現と効果性に関する222の相関関係を統合しました。
📊 主な発見
分析の結果、以下のような相関関係が明らかになりました:
- 神経症傾向(Neuroticism):リーダーシップとの相関係数は -0.24。これは、感情的に不安定な人ほどリーダーシップが低く評価されることを示しています。
- 外向性(Extraversion):相関係数は 0.31。社交的でエネルギッシュな人はリーダーシップが高く評価される傾向があります。
- 開放性(Openness to Experience):相関係数は 0.24。新しい経験やアイデアに対して柔軟な人はリーダーシップが高く評価される傾向があります。
- 協調性(Agreeableness):相関係数は 0.08。他者と協力的な関係を築く人はリーダーシップがやや高く評価される傾向があります。
- 誠実性(Conscientiousness):相関係数は 0.28。責任感が強く、計画的な人はリーダーシップが高く評価される傾向があります。
これらの結果から、感情的な安定性(神経症傾向の低さ)はリーダーシップにとって重要な要素であることが示されています。
🧠 意義と結論
この研究は、リーダーシップの効果性において性格特性が重要な役割を果たすことを示しています。特に、感情的に安定している人は、ストレスやプレッシャーの中でも冷静に対処できるため、リーダーとして高く評価される傾向があります。
📚 参考文献
- ジャッジ, TA, ボノ, JE, イリエス, R., ゲルハルト, MW (2002).パーソナリティとリーダーシップ:定性的・定量的レビュー. 応用心理学ジャーナル, 87(4), 765–780.
https://journals.sagepub.com/doi/10.1111/j.1467-8721.2008.00543.x
この研究は、リーダーシップの開発や人材選抜において、性格特性を考慮することの重要性を示しています。特に、感情的な安定性は、効果的なリーダーシップの発揮において重要な要素であるといえるでしょう。
【4】好かれる人ほど「セルフマネジメント力」が高い
“人たらし”と呼ばれるような人たちは、ただ外見が明るいとか話がうまいというだけでなく、
自分の内側の整え方=セルフマネジメントが非常に上手です。
たとえばこんな行動が代表例です:
- 朝イライラしていても、人に八つ当たりせず深呼吸や小休憩で切り替える
- 落ち込んだ日でも、周囲には穏やかに接するよう意識している
- 自分のストレスに気づき、適度にリフレッシュする習慣がある
このように「自分で自分を整えられる」人は、“場の空気”を乱さないため、自然と周囲から好かれるのです。
【5】好かれる人は収入も高い?興味深い調査結果
実は、好かれる力=“ソーシャルスキル”が収入にも影響することが、いくつかの研究で明らかになっています。
たとえば、Harvard University の研究では、人に好かれる(agreeable)性格傾向が高い人ほど、職場での評価や協力が得やすく、長期的な収入にも影響を与えると報告されています(Judge, Hurst, & Simon, 2009)。
また、Forbes(2019年)では、「社交的・共感的な人材は、同じ業種内でも年収にして平均10〜15%高い傾向がある」という記事も紹介されています。
脚注:
【6】まとめ:自分の機嫌を取れる人が、人にも好かれる理由
「自分の機嫌を自分で取る」というスキルは、単なる“我慢”でも“無理に笑う”ことでもありません。
それは、自分の感情を受け止め、整え、他人を不必要に巻き込まないための“成熟した知性なのです。
この力がある人は、
- 信頼され
- 空気を和らげ
- 自然と人を惹きつけ
- 結果として人生のあらゆる場面で“得をする”
ぜひ今日から、どんなに小さくても「自分を整える」行動を意識してみてください。
その一歩が、あなたを“好かれる人”へと確実に近づけてくれるはずです。